チューバダイエットインストラクターの話

チューバの話はしません。

山野とチューバ

実は先月からメインのチューバ(B管)を青学の部活の後輩さんに貸しています。貸す時まで直接の面識なくて初対面!だったのだけど、まぁ吹かないで置いておいても痛むだけだし、サブのチューバもあったので思い切ってお貸ししました。

 

その甲斐もあってか?昨日の山野(ジャズビッグバンドの大会)で無事に7位に入賞してくれました。この大会にチューバがでること自体が稀というか青学以外ないので嬉しい限りです。おめでとう!

 

2016年は47回大会で私が出場したのは2008年の39回なのでもう十年近く前なのですね…おそろしい。

 

YAMANO BIG BAND JAZZ CONTEST

 

 

思えば中学生の時にチューバでジャズやりたいと思った時に知ったのが青学のロイヤルサウンズジャズオーケストラという部活でしたが、別に大学入学時は在籍せず、大学ではクラシック三昧でした。そもそも青学入っていないですしね。

 

しかし、そこから友人つてにご縁があって大学二年生の一年間部活に潜り込ませていただき、非常に濃い音楽/大学生活を送りました。

 

当時ビッグバンド以外にも学生オケと社会人オケと、全く学生がいない外部のバンドも参加していたので、曜日問わずとにかく練習、本番だらけ。

 

週に8回リハーサルがあったりして、時間がなくて合宿の行きのバスで悲愴の譜読みをしたり、基本、移動時間は音源聴くのと譜読みで終わる感じ。

 

練習もオケとビッグバンドがどちらも同じ学内だったので立て続けに入っており、ビッグバンドの合奏直後10分でオケのリハ参加でスピード感めちゃくちゃになって頭混乱したり。

 

1番ひどい時は土日で、昼ゲネプロ(オケ)→夜本番(ジャズ) →打ち上げ(オール) 朝ステリハ(オケ)→昼本番(オケ)とかあったりして、しかもオケの本番でマウスピース忘れてステリハに参加できず開き直って、みなとみらいの楽屋口で爆睡していました。

 

今、思い出してもステージ上、ステージ外問わず顰蹙をかうようなことしかしていなかった気がしますが、この時期に出会った方はジャンル問わずその後も縁が続きまして、まぁ楽器はその一年でどかんと上手くなるとかなかったのですけど、音楽を続ける上でというよりか、その後の20代の考え方とか、身の振り方とか色々な根源があった一年だと思います。

 

長くなりましたが、何が言いたいかというと、若いって良いですね。そしておめでとうございます。良い音楽を。